逢魔の扉を前にして 〜収録談話 その2


    2


思わぬ負傷と相成ったことから、活劇シーンは収録不可となった敦くん。
ストーリー展開部分のナレーションは担当の人がおいでで、
ただ話の流れによっては登場人物が語った方がいい場面もあるので、
暁少年担当のそんな部分の録音を先に収録することとなった。
あと、敵との対峙中の心の中の声とか、いい機会だからと撮って仕舞おうという運び。

「龍くん?」

ドラマ本編の収録とは別な場所にあるスタジオを指定され、
付き人さんは打ち合わせがあるんでと敦を残して別部屋に呼ばれていて、
演者として指定された部屋へ向かうと、何故だか彼も絶賛撮影中なはずの芥川さんが立っている。
そちらも一人で来たらしく、
私服もシックにまとめられていて、
スタンダードなチェスターコートに襟元には濃い色のマフラーを巻き、
スリムなシルエットのパンツを合わせていて、足元は編み上げタイプのブーツらしかったが、
痩躯にして足長なのがますますと冴えて見え、

 “かっこいいなぁ。/////”

役が咒術の関係者ということで、和装の式服を着る撮影もあるのだが、
平安朝系をちょっとアレンジしたそれが、他のお兄様方もそりゃあもうお似合いで。
太宰さんや中也さんがちょっと華やかな印象になっているのと対照的に、
こちらの彼はそれは静謐な冴えを孕んでの落ち着いた存在感があったのが素敵だった。

 “この人が着たら、軍装備っぽいもっふもふのモッズコートでもびしっと決まるんだろうな。”

なんて思ったり。
舞台俳優さんだからか、それは印象的な雰囲気のある人で、
敦とはそれほど年の差もないはずだが、
場面によっては無言のまま威容まで醸していて、頼もしくって憧れてやまぬ。
収録室の録音ブース内にいた彼は、
到着した弟分に気がつくとこちらへと向いて視線だけで会釈をする。
寡黙な役が多い彼だが、素ではなかなかに世話好きで。
相手を選ぶそれであるらしいが、
それにしたって此処に用があるとも思えずで、
何かあったのかなと、連絡に来てくださったんだろうかと思いが至る。
だがだが、

「どうしました?」
「なに、見学だ。」

呆気ない口調でさらりと言ってしまわれて、

 俺は前半は出番があんまりないしな。
 あ、そうでしたね。

劇場版のシナリオでは、彼が演じる鵺という青年、何故だか前半は行方不明扱いになっている。
今さら間諜とかいうミスリードもなかろうが、
誰か何かを人質にとられているなら判らないという展開にでもしたいらしい。
台本は渡されていて、最後まで顛末も判っているので、
演者の間では 単に“出番が減ってね”なんて話になっており、
それならならで自身のペースで進行に触れておいでなのかもしれない。

「入院はしなかったのだな。」
「はい。」

ギプスをするまでもないシーネでの固定で、
ただ、不用意に振り回しかねないのでと三角巾で左腕を吊ってはいる。
そんなせいで大層に見えるけれど、
そこまでの怪我ではありませんし…と言いかかったが、
口許へとかかっていた髪の端、それはそぉッと避けてくれた気遣いへ、
そんな言い方をするのが自分を大切にしてないように解釈されそうで口ごもる。

 「帽子はかぶっていないんだな。手間が増えるのは良くないものな。」
 「あやや。//////」

そういうところまでお察しなのへ、もうもう何と申しますやらだったりするくらい。
今回のこのドラマでは、
役柄上のものながら3人もの先達、いわゆる兄ポジションの方々が出来た格好で。
キャリア的な話でも重々先輩、
先輩後輩の間における作法というか上下関係というもの、
ちゃんと踏襲しないとなって意識したのは最初のうちだけ。
事あるごとにかまい倒してくださる皆様なので、ついつい甘えたれなところが出てしまうのが困ったもの。

 “反省しなきゃあっていつも思うんだけど…。”

今も今でそんな風に思っている傍らから、
どうした?と小首をかしげて見やってくれる様子がまた、物凄くかっこよく様になっており。

 「なななな、何でもないです、はいっ。////////」

もはや1ファンの心境で、
萌えやら悶えやらでお顔が熱くなってしまう敦くんだったりするのである。




     ◇◇



ナレーションとモノローグはさすがに要領のようなものが随分と違って、
淡々と状況を解説するのがナレーションなら、
モノローグは人物の心境の描写になるため、
感情を込めねばならないし、尺も考えなければならない。
同じシーンを何度も繰り返し、何なら言い回しの変更もあったりしで、
今日のところは序盤の数シーンだけだったものの、
それでも2時間近くかかっただろうか。
スタッフたちが控えていたブース側で見守ってくれていた芥川さんも、
自身の出ているところの台本を確認したりしていたものが、いつの間にか姿を消しており。
意味なく付き合ってもいられないよね、お忙しい人だしと、
ちょっぴり肩をすぼめつつ、それでもご挨拶したかったなぁと残念がりながらスタジオを後にする。
自身の付き人さんが待っているはずで、どこかなとキョロキョロ見回しておれば、

「やあやあ、中島くん、久し振りだねぇ。」
「え? あ、はい、こんにちは。」

明らかに誰だっけ?という気色がにじんだお返事をした少年だったのへ、
馴れ馴れしくも肩に腕を回しての、あくまでもフレンドリーな態度を示してみせる男性がいて、
自分が何者かという自己紹介もないままに、いかにも親しげな口調で勝手に話を進め始めて。

「前に出てもらった番組、そりゃあ視聴率も良くってね。
 今また番組編成期用のを撮るかって話になってるんだよね。」

バラエティにはよくある話で、季節の変わり目などに新番組の宣伝も兼ねて、スペシャルものを放り込む。
ドラマに出ている俳優たちを出してのストーリー紹介などを交え、ゲームをやってみたりクイズを競わせたり。
そういう企画があるんだがねと言いたい男であるらしく、

「中島くんが出ているドラマも、何人か出てもらう予定だし。」
「え? そうなんですか?」

いやいやそんな話は聞いてませんがと、少年は率直にそう思ったようだが、
第三者からすれば…あの怪物ドラマがそんなPRする必要なんてないだろうと一笑に付したところだろう。
はっきり言って下調べ不足だのに、そこへとまるっと気が付いていないこの男、

『あれだぞ、君。視聴率がなかなか上げられないそうじゃないか。
 企画がどれもこれも使い古しばかりで、ユーチューバーにも負けてる。』

何か一発当てないとチーフの座も危ないぞと、部長格の上役からの通達があった藻部田氏。
こうなったら今話題だというこの坊主を何とか執り成して、
スペシャル番組の目玉として出演させるのはどうよと、安直にひらめいたらしく。
自身の保身のためならばと、大急ぎで情報をかき集め、今日の行動を突き止めて此処へとわざわざ運んだらしい。
一応の従者扱いで部下を連れて来てもいて、ただの平職員じゃあないんだよという役作りにも余念はなくて。
こういうお膳立てを見れば、それなりに業界が判っている子なら、下手に出た方がいいなと判断するもんだなんて
今までの経験則から図に乗っていた彼だったものの。

 「敦。」

録音室の前廊下、少し離れたところに置かれてあったベンチスツールから立ち上がった人物が歩みを運ぶ。
20代に入ったばかりか、まだまだ少年と言っても通りそうなすべらかな頬をしていて、
黒みの強い瞳が印象的な美少年だが、どういうものかその態度は毅然としており、存在感が半端ない。
誰だ?と目許をすがめて眺めておれば、
呼ばれた少年がまずはそちらへ身を向け、しかも、
そんな彼へと馴れ馴れしくも肩に回していた腕を、ひょいと持ち上げられて外されており、

「な…。」
「怪我してるんです、この子。」

なかなかに手際のいい所作であり、別段乱暴ではなかったけれど、
見て判りませんか?と言いたげな口調だったのも相まって、
上からの態度であしらわれたようにも感じられ。

 “何だこいつ、業界関係者か?”

正体不明なまま、それでも若造の癖に俺様になんて態度かとムッとしてしまう。
タレントや俳優の玉子なんてのは、こっちの機嫌を損ねれば出番を失って芽も摘まれる。
この業界じゃあマスコミやメディアの方が偉いんだよと、
ここまで快調だったせいもあり、そんな不快にまみれたまま顔をしかめたものの、

「中島君やないか。久しいのう。」
「あ、加茂さん。」

結構広いスタジオビルなので、色々な収録が行われているものか、
廊下の向こうがややざわめいた気配が届き、
威容にあふれた和装の壮年男性が、それは朗らかに銀髪少年へと声を掛けてくる。
鷹揚そうな態度は厭味もなく、一見ただの好々爺風だが、
二人の少年ら越し、ちらりと此方へ流された一瞥がいやに鋭くて隙がない。
明らかに格が違うと感じ、押されたように後じされば、
目許を細めてのふんと嗤ったような気配を一瞬見せてから、
改めてという順番で敦少年へと声を掛け直し、

「怪我してしもてんてなぁ。可哀想に痛かったやろ。」
「あ、いえ。僕がうっかりしていたせいですし。」
「そんなことはない。装置の不備だったと発表されている。」
「え? そうなんですか?」

我が事のようにやや語気が荒くなった芥川へ、はんなり笑ったおじさまは、

「何でも自分へ引き取ったらあかんえ?
 調子のってなんでもおっつけて来るよな輩も多いよってなぁ。」

一応の注意を授けつつ、あやあやと肩をすぼめた様子を微笑ましいと目を細め、

「ホンマになぁ。龍之介もあんたの半分ほどでも愛想があればええのになぁ。」

あれ?と、藻部田がその思考を停止させる。
世渡りの要領の良さに特化させているアンテナが、怒らせては洒落にならない人物だと警報を鳴らす。
そんな彼の後背から、さっきから制しようとしかかってたアシスタントがこそりと囁いた。

「そちらの芥川くんは、遠縁に梨園の筋のお人が居るんですよ。」
「な…。」

その一言で、脳内の資料が猛然とめくられる。
メイクも無くのまとう着物もさほど贅を尽くしたそれではなかったので、
それなりの人物らしいとは察したものの、誰なのかまでは探る気もなかった。
だがだが、言われてみればそんなもんじゃあない超有名な大御所、

 “加茂張里、じゃねぇかよ。”

太刀川屋で知られる名門の出で、だが当人は銀幕での活躍の方で有名。
代々引き継がれている火盗改めの役などで、いまだにテレビでも出演を続けている御仁であり。

 “…ということは。”

先程から険のある態度をとっている黒髪の青年の方も、
ああ、あのドラマの共演者かとだけの把握だったものが、
そんなレベルの人物じゃあなさそうだという見識と警戒警報が鳴り響く。
あとでよくよく調べ直して判ったことだが、
ただのアングラ舞台人などではない、むしろみっちりと基本を身につけているたたき上げの実力派で、
何なら海外公演で何度も主役を張っており。
その上、国内の芸能の世界での強い札である“梨園”すなわち“歌舞伎”の筋へも顔が利くというから、
下手に理不尽な方法でやり込めようものなら、自身の籍置く社の上層部からの鉄槌が下されるやも。

 “何だと、冗談じゃねぇよ。
  そんな重鎮だらけなんかよ、こいつの周りって。”

ただの小器用な少年で、体力勝負な番組の目玉に出来るやもと目をつけたのが、
実は混ぜたら危険な存在だったとはと、
息をのんだ藻部田だったが……。




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 *なんか長くなってきたのでちょっと分けますね。
  業界に関してのあれこれ、実は全然判っておりませんので、
  あくまでもフィクションですということで。(こらこら)